杉山 昭夫 2003年1月6日 投稿
日本語の訳詩について

こんにちは。千葉の杉山です。

鹿内さんが英語で歌う理由がこんなにたくさんあるとは思いませんでした。
音楽の素養のない僕としては(『佃のり』の部分)は難しかったですが、
「ドレミの唄」の「ド」が「雌鹿」の意味のDoeだとは全く知りませんでした。

「一般に詩は翻訳不可能なものなので、原詩のまま理解するのが最も良い」と、
ある人が言っていましたが、日本語で歌うこと自体、原曲の内容から遠ざかるので、
好ましくないのでしょうか。

かつてビートルズの全曲を日本語訳で歌われた松岡計井子さんの唄も、
日本の音楽界には定着しなかったように思います。

僕の知る限り、訳詩で成功した例は、60年代ポップスの漣健児さん(「バケーション」、
「可愛いベイビー」、「ルイジアナ・ママ」など)だけだと思います。
ただ、漣さんの訳詩は原詩と内容が少し異なっていた気がしますし、
元の唄とは独立した作品と考えた方がよいのかもしれませんが。  

最後に、スタンダードにはミュージカル・ナンバーが多いですが、(なかには「酒とバラの日々」のように映画の主題歌もありますが)、鹿内さんは詩の解釈をされるときに、
こうしたミュージカルの内容を参考にされるのでしょうか、
それとも独立した詩として解釈されるのですか?

スタンダードの詩のなかには、ニュアンスに富んだ難解なものも多いですが
(最近知ったものでは、All the things you areの前半の詩は難しかったです)、
鹿内さんがどのように解釈されるのか、ぜひお聞かせください。