鹿内孝 2003年1月2日
どうして日本のジャズシンガーは画一的に英語で歌うのか?について

一般的な理由ではなく、
私がスタンダードやポピュラーを日本語で歌わない理由を書いてみます。

一番の理由は、英詞の内容を日本語に訳した場合、その長さが英詞に比べ、
2〜3倍の長さになってしまい、英語なら1番(1コーラス)ですむ曲なのに、
日本語で歌った場合、2〜3コーラスもの長さにしなければ、その内容を
言い切れないのです。

例えば、『Smile』 と言う曲で説明しますと、
Smile  tho’ your heart is a―ching  
ドー   レ   ミ   レ-  ド  シ  ラ   (ド=2分音符、後は全部4分音符)

英語では、smile (ほほえんでごらん)を、ド 1つの音で歌えます。
日本語では、8個の音がありますから、1音に字余りで載せるか、
8倍の音を使わなければなりません。
その後の、“たとえ君の心が痛いときでも”、
この17音は、とても6個の音符に載せ切れません。
つまり、どんなに上手く日本語をつけても、1コーラスに収めるには、
1/3 程度の内容にせざるを得ないのです。
結局、もともとの英詞とは違った曲になってしまうのです。

それに加え、千葉の杉山さんのご意見(実はこれが『乗り』にものすごく重要)
“日本語は殆どの単語の音(オン)に母音が含まれ、
英語やその他の外国語の様に子音が入らないので、
一音一音が同じ長さになって、メリハリやリズムが生まれない”、
に関係するので、ちょっと補足説明させていただきますが、
Smile 、発音上は(s mai l )三つの音のようですが、
アクセントは、mai の上にあり、一つの音符に載せられます。
日本語の(ほほえむ)にもアクセントはあるにはあるのですが、
ほぼ棒のように発音するのが正しく、つまり、4個の音符を必要とするのです。
訳の(ほほえんでごらん)なら、8個になります。
そして、Smileのように、音そのものは多くても、
アクセントが一つしかない英語では、音符は一つですみ、乗りやすくなるのですが、
単語の中にある一つ一つの音を、同じ長さで歌わなければならない日本語では、
そのアクセントの為に、ごつごつした感じになってしまいます。

最近の日本の、ロックやポピュラーでは、
英語(意味不明が実に多い)を混ぜるほかにも、
日本語を英語風に発音したりするのが流行(はやり)ですが、
正しい日本語では音楽に乗せにくいことが大きく影響している様に思われます。
特に、サザンやDreams Come Trueのボーカリストなどは、
日本語にアクセントをつけて歌っているように感じますが、いかがでしょうか?

もう一つ、ジャズの典型的なスイングの乗りは、通称、『佃のり』とも言って
三連の乗りが基本にあります。
♪♪と8分音符で書かれていても、
四分音符を3で割った、三連、ツクダ、ツクダ、と乗ります。
これには、当然アクセントがあって、
日本語では、本来のジャズのツクダ乗りになりにくいのです。
(文章では、音が無い為、解りにくいとは思いますが)

スタンダードなどは、元々英語で発想されたもので、
日本語にするには無理な面があるのです。
ジャズではありませんが、ミュージカルを通じて日本語の訳詩でも有名ですし、
最近TVコマーシャルでも使われている、ドレミの歌を例にとって見ましょう。

英語では、
Doe a deer, a female deer, (音階のdoと、同じ発音で違う単語が書いてある)
Ray a drop of golden sun,   (光線)
Me a name I call myself,   (私)
Far a long, long way to run,  (遠く)
Sew a needle pulling thread, (縫う)
La a note to follow sew,    (ラ)
Tea a drink with jam and bread (お茶)
That will bring us back to do-oh-oh-oh! と歌われています。

出だしの単語は、音階の、do re mi fa so la ti と同じ発音ですが、
同時に、言葉の遊びもしています。
つまり、音階のdo (douと発音)は、Doe (と書いても同じ発音)で、
音階を教えながら、一度に二つの意味を持たせ、
doは、 音階のドーだし、 メスの鹿さんでもあるわね!
と言って面白く聞かせているのです。
日本語のように、単に、ドーはドーナッツのドーではないのです。
ド、レ、ミ、自体に、日本語では、意味を持たせられないので、
同じ手法で翻訳が出来ない一つの例です。

もうひとつ、
屋根の上のヴァイオリン弾きの中の、『サンライズ、 サンセット』でも
例えば、Sunrise Sunset, Sunrise Sunset, swiftly flow the days. のくだりで
英詞では、Sunrise Sunset が二度繰り返されています。
「日は昇り、日が沈み」、「日は昇り、日が沈み」 です。
ところが、日本語で歌う場合、
メロディーには8音しかありませんので、二度繰り返せないのです。
「日は昇り、日が沈み」の1回で、8音を使い切ってしまうからです。
そのあと英詞では、“なんと日々の速く過ぎ去って行くことか!“と言っています。
この速さ(swiftly以下)を表現する為に、
「日は昇り、日が沈み」「日は昇る、日が沈み」、と二度繰り返しているのですが、
日本語では、「日が登って沈む」、一回だけです。
勿論、一回でも意味は通じますが、ニュアンスが伝えにくいのです。
「 Sunrise Sunset, Sunrise Sunset」と繰り返された方が、
時がドンドン過ぎ去っていく感じが出ている、と思いませんか?
英詞を知ってしまうと、こんなこだわりが出てしまうのです。

スタンダードジャズと呼ばれる頃の曲の詞には、
“遊びや,韻が踏まれている事が多く”、とても残念なことですが、
それをいかした日本語が作れないのです。

  
ざっとあげてもこの様な問題があって、
一般リスナーに理解されない、“原語で歌う”を、私は選んでしまいます。
ですから、 私は出来る限り、
歌う前に自分の言葉でその詞の意味や、表現の面白さ、
曲が出来た時代背景などをお話しするようにしています。
“ジャズ通”を自負する お客様の多くに、又プレーヤーからも
『この曲知っていたけど、へえ、こんな曲だったんですか!』
とのリアクションが多い?!、のも面白い現象です。

文章で説明するには、大変なテーマでしたが、
少しでもお解かり頂けたら嬉しく思います。