もんきい 2003年1月10日
「言い出しっぺ」としての小意見

鹿内様。皆様。昨年末に、「日本語で歌うジャズボーカルは?」という
質問をさせていただいた、もんきいです。
しばらく覗いていない内に、どうやら、私が何の気なしに書いた言葉から、
様々なご意見が出ているようですね。
もし、批判的に受け取られてしまったのであれば、大変失礼致しました。
少なくともご意見を述べられた方々には、ご理解いただいていると思いますが、
私が書いたことは、何も知らない1ジャズファンの素朴な疑問&素朴な感想です。
以下も、そのように受け取って下さると幸いです。

皆様の意見を、大変興味深く拝見し、勉強になりました。
要約すると、
1.日本語の単語には母音が多いため、同じ長さのメロディーに込められる詩の内容は、英語よりずっと少なくなる。原詩の内容を日本語で十分に盛り込むことは非常に困難。
2.同様の理由で、日本語で歌うと、ジャズのノリやリズム感を表現しにくい。
3.原詩の中の韻の処理の問題となるでしょうか。
わたしも、ある程度は考えていたことでもあり、
また、歌い手の側からも困難さを感じることを、新たに理解しました。

それでも、と、私個人は思うのです。
例えば、「オペラ座の怪人」とか、「キャッツ」とか、輸入されたミュージカルのいくつかは、日本語で歌われます。
確かに、訳詩の中に、「なんだかなあ」という部分もなくはないですが、
日本語で歌われることで、より幅広い支持を得ているということも、言えると思います。
逆に、クラシックのオペラが、一般の人には何となく敷居が高く感じるのは、
日本では普通原語で歌われる(外国ではそうとは限らない)ということも、
1つの要因としてあるのではないでしょうか。

鹿内様が例として挙げた「ドレミの歌」ですが、
あの歌は、子供たちにドレミファを覚えさせるという場面で歌われ、
それぞれの音で始まる、子供が喜びそうなものを並べている訳なので、
ドがメス鹿である意味的必然性はあまり無いと思います。
だから、日本語ではドはドーナッツ、ドイツ語ではまた別のもので、
この歌ではOKなのではないかと思います。

それよりも、この訳詩のおかげで(ペギー葉山さんでしたでしょうか)
日本では、この曲が非常に多くの人に好まれ、
最近、TOKUさんの歌がCMで流れると、「ドレミの歌をジャズっぽく歌ってる!」
と多くの方が興味を持ちます。それは、訳詩が意味的に正確かどうかよりも
ずっと素晴らしいことではないか、と、僭越ながら思いました。

長文、大変失礼致しました。最後に、鹿内さんが現在採用されている、
歌う前にその内容を(もちろん日本語ででしょうが)説明する、
という方法は、現状では理想的だと私も思います。

鹿内さんのステージを見に行きたいですが、秋田在住では
なかなかままなりません。セッションには、その昔、一度伺ったのですが。